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アメリカでスポーツライターとして活動する中、日々のエピソードを交えながら、感じたことを気ままにつづっています。アメリカで話題のトピックや、日米の文化比較を独自の視点から紹介。日本のメディアからは伝わらない、本当のアメリカの姿が見えてくるはずです。

モニカ・アボット、王冠なきソフトボール女王

北京五輪のソフトボール、日本とアメリカが準決勝で対決しました。アメリカのモニカ・アボットと、日本の上野由岐子選手が投手戦を見せ、両チーム得点のないまま七回を終了したため、延長タイブレーカーへもつれこみました。結局九回に4点を挙げたアメリカが4−1で勝利。決勝進出を決めました。

左腕アボットはテネシー大学出身で、ボクも学生時代に取材をしていました。彼女を際立たせるのは何といっても190センチの身長。最初に会った時は思わずバスケットボール選手かと聞いてしまったほどです。

アボットの速球はおよそ110キロ。世界最速を誇る上野選手の119キロには及ばないものの、身長を活かした大きな歩幅で、ボールをリリースする位置が他の選手よりもバッターに近くなるため、スピードガン表示以上の迫力とスピード感があります。

日本代表も男子ピッチャーを相手に準備をしてきたといいますが、190センチのピッチャーというのはそう滅多にいるものではありません。

テネシー大学に入学したアボットは、それまで無名だったソフトボールチームを、4年間で3度、全米大学ソフトボール選手権へと導きます。在学中からアメリカ正代表チームに選出され、一躍大学ソフトボール界の頂点へと登りつめますが、最初の2度の大学選手権では決勝へ進むことができませんでした。

四年生となり、満を持して臨んだ2007年のシーズン。テネシー大学は優勝候補に名を連ねて選手権に乗り込みました。無敗で初の決勝ラウンド進出を果たし、アメリカ代表監督も務めるマイク・カンドレア率いるアリゾナ大学と対戦します。先に2勝した方が優勝という中、テネシー大は初戦をものにし、第2戦でもあと一歩のところまでアリゾナを追いつめますが、まさかの逆転を許してしまいます。

それまで1人でチームを背負ってきた疲れが出たのか、最終戦ではついに力尽き、アボットの大学生活は準優勝で幕を閉じることに。ESPNで全米中継された決勝戦は選手権史上最高の視聴率を記録しました。

当時、テネシー大学新聞でスポーツ編集長をしていたボクは、アボットが大学時代あらゆる記録を塗り替えながら、一度も優勝することができなかったことから、"A queen without a crown(王冠なき女王)"という書き出しで決勝戦の記事を書きました。

皮肉にも、アメリカ代表のあまりの強さゆえ、ソフトボールは野球とともに、2012年のロンドン五輪正式種目から外されてしまいました。

アボットにとって最後となるかもしれない今回のオリンピック。日本と相性の良い彼女は、日本が決勝を進出を決めた場合、再び登板する可能性があります。最後のチャンスをものにし、彼女は本当の「女王」になって花道を飾ることができるのでしょうか。

テーマ:北京五輪 - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/08/20(水) 18:22:25|
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ジョンソン、笑顔でつかんだ金メダル

アメリカ女子体操のショーン・ジョンソンが、最後の種目平均台で金メダルを獲りました。他の選手が次々とバランスを崩す中、安定した演技を見せてくれました。

145センチの身長で、ちょこまかと細い台の上を飛び跳ねるジョンソン。演技を終え、満足した表情でカメラに向かって手を振り、笑顔でVサインを作った時は正直メロメロになってしまいました。

チームメイトのナスティア・リウキンがほぼ完璧に演技をこなしたのを見た時は抜かれたかと思いましたが、難易度の差でジョンソンが金メダル、リウキンが0.2ポイント差で銀メダルを獲りました。

スタンドにいる両親に人さし指を立てて優勝をアピールしたジョンソンの姿を見て、お母さんの目からは涙がこぼれていました。娘にかかる金メダルのプレッシャーを辛いほど分かっていたのかもしれません。

これで喬良コーチと二人で歩いたジョンソンの16歳の夏は終わりました。そして二人はアメリカの田舎アイオワ州へと帰っていきます。3つの銀メダルと、笑顔でつかんだ金メダルを胸にかけて。

北京オリンピック体操の写真

テーマ:北京五輪 - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/08/20(水) 17:01:15|
  2. スポーツ
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Redeem Team: アメリカ男子バスケットボール代表の挑戦

北京オリンピックで圧倒的強さを見せるアメリカ男子バスケットボール代表チーム。昨日もドイツを106ー57で破り、1次リーグ全勝で準々決勝進出を決めました。

1992年にアメリカが初めてNBA選手達で構成されるチームをオリンピックに送り出してから16年。マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンなどのスーパースターを擁した初代ドリームチームは、対戦相手を全く寄せ付けない試合運びで金メダルを獲得しました。

その後もアメリカは勝利を重ねていきますが、次第に他国との差は縮まっていきます。2002年の世界選手権では6位に終わり、プロ選手が出場し始めて以来、初めて優勝を逃します。2004年のアテネオリンピック、2006年に日本で行われた世界選手権ではともに3位と、アメリカ国民のプライドはずたずに引き裂かれてしまいます。

今回はバスケットボール発祥地としての威信を取り戻すべく、「Dream Team(夢のチーム)」ならぬ「Redeem Team(名誉挽回チーム)」と呼ばれています。

これまでのアメリカチームは、オフシーズンに都合のよい選手達をかき集めて、大した準備もせずに大会に臨んできました。しかし今回は、フェニックス・サンズの元オーナーで代表チームのディレクターを任されたジェリー・コランジェロが中心となり、選手達の金メダルにかける情熱を重視してメンバーの選出を行いました。コランジェロは北京五輪の3年前から準備を進め、代表候補たちと面接を行い、大会直前に限らず五輪に向けて時間と労力をさく意思があるかを確認したといいます。

ヘッドコーチにはデューク大学のマイク・シェシェフスキーが任命され、我の強いスターたちをいかにまとめあげるかに焦点が集まっていました。しかしオリンピックが始まり、それは杞憂に終わります。予選ラウンドでは、2006年に辛酸をなめさせられたギリシャに92−69、世界選手権優勝国スペインに119−82と大差で勝利。普段は30得点近くを挙げる選手達がディフェンスとチームプレイに徹した結果です。

そもそもこれまでの敗北は、アメリカ人選手の質の低下だけでなく、他国のレベルの向上が大きな理由でした。初代ドリームチームの活躍を見たヨーロッパやアジアの若い子供たちの間でバスケットボール人気が高まり、NBAを目指す選手達が急激に増えます。日本でも漫画スラムダンクの人気と相まってバスケットボールが流行った時期がありました。

五輪開催国の中国では、姚明(ヤオ・ミン)の影響でバスケットボールやNBAが大きく人気を集めています。中国人の留学生グループがうちの新聞社を見学に来た時、数人の中学生から、「コービー・ブライアントの取材をするんですか」と聞かれて驚きました。

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今やヨーロッパや南米出身の選手が、NBAチームの中心となって活躍するのは珍しい光景ではありません。これはバスケットボールが、サッカーと並ぶグローバルなスポーツになったからに他ならず、多いに喜ぶべきことです。

しかし何が何でも一番でなければ気の済まないアメリカ人は、他国がアメリカに追いつくことが気に入りません。発祥地としての意地もあるのでしょう。

2006年の世界選手権準決勝でギリシャに負けた時、シェシェフスキーコーチは試合後の記者会見で、「(ギリシャの)4番は前半素晴らしい活躍をした。7番は後半素晴らしく、15番は試合終盤にいいところでシュートを決めていた」と話しました。

ヨーロッパの記者を呆れさせるくらい対戦相手に関して無知だったアメリカ代表の高慢な態度が敗因の一つだったことは間違いありません。まだまだ他国の力を侮っていたのでしょう。

これに気付いたコーチ陣や選手は、決意を新たにオリンピックに臨むこととなります。世界選手権で3位に終わったことは、アメリカにとってむしろいいことだったのかもしれません。

アメリカが再び世界の頂点に立つには、バスケットボールがグローバルスポーツとして普及し、世界全体のレベルが上がっていることをまずは認識する必要があります。選手たちがそれに気付いた今、テレビで彼らの一挙一動を追う自国のファンたちが世界各国のバスケットボールに敬意を払う番ではないでしょうか。

たとえRedeem Teamが負けたとしても、それをバスケットボールというスポーツの進化として前向きにとらえる謙虚さを持ってもらいたいものです。

テーマ:北京五輪 - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/08/19(火) 23:38:53|
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ショーン・ジョンソン、笑顔の体操少女

早くも後半に突入した北京オリンピック。マイケル・フェルプスの8冠や北島康介の連覇など話題には事欠きませんでしたが、ボクが最も注目したのは女子体操でした。

優勝を期待された団体では惜しくも中国に敗れて銀メダルに終わったアメリカ代表ですが、個人総合では金、銀を独占。2位を獲ったショーン・ジョンソンは、ボクのお気に入りのアスリートです。


Olympics: Shawn Johnson Interview @ Yahoo! Video


ジョンソンはアイオワ州出身で、身長145センチの16歳。あまり背の高い選手のいない体操界でも、極めて小柄な存在です。それでもいったんゆかや平均台の上に立つと、対格差など微塵も感じさせない元気いっぱいの演技を見せてくれます。

2007年には15歳で全米、世界王者となり、北京にもフェルプスや陸上のアリソン・フェリックスなどと共に、アメリカ中の期待を背負ってやってきました。体操の実力はもちろんのこと、その屈託のない笑顔とクリクリした目にボクもたちまち虜にされてしまいました。

今大会、彼女はここまで3種目(団体、個人総合、ゆか運動)に出場して、銀を三つ獲得。

個人総合ではチームメイトのナスティア・リウキンに優勝を譲りますが、その時のジョンソンの演技にボクは心を揺さぶられました。最後の種目であるゆか運動を残した時点でリウキン、中国の楊伊琳に続く3位。最終演技者として自分の番を待ちますが、ゆかでも素晴らしい演技を見せたリウキンを上回るのは既に不可能な状況でした。楊にも自分の持つ実力を出し切られなければ追いつくことはできません。

しかしそんな窮地の中、ジョンソンはゆかに立つなり、とびっきりの笑顔を浮かべました。メダルのためではない、ただ自分が満足できる演技をする、ボクの目にはそんな決意の表れに映りました。

彼女はミスを恐れないダイナミックな演技を見せ、存分にらしさを発揮。リウキンや他の年上の選手に見られる優雅さや繊細さはないものの、体中のバネをいっぱいに使って床を跳ね回り、16歳のショーン・ジョンソンそのものをはじけさせていたようでした。最後の着地を決め、もう一度にっこりと笑ったジョンソンを見た時は、自分でも目の辺りが熱くなるのが分かりました。

昨日行われた種目別のゆか運動では、一番初めに演技をする不利な立場だったにも関わらず、「身体の温まった状態でのぞめる」とポジティブにとらえます。プレッシャーをものともしない演技で高得点をたたき出し、トップに立ち続けますが、なんと最終演技者にわずか0.15点差で破れてしまいます。

電光掲示板を見たジョンソンの表情は一瞬凍りつきます。それでも優勝したルーマニアの選手と抱擁を交わし、彼女を追い続けるテレビ局のカメラに笑顔で応えながら退場していきました。

母国のファンやメディアから金以外では決して満足してもらえないプレッシャーを受けるジョンソン。きっと胸の中ではフラストレーションがたまっているはずです。それらを振り払うかのように、16歳の少女は堂々と胸を張りながら、人一倍大きく腕を振って行進していました。




世界トップレベルの実力を持つジョンソンは、地元アイオワ州西デモインにある体操ジムに通い、6歳の頃からトレーニングを積んできました。でも決して体操漬けの生活というわけではなく、地元の公立高校に通う普通の女子高生としての一面も持ち、将来はアイビーリーグに進学したいとも語っています。

中国男子代表として活躍したことのある喬良コーチは、23歳でアメリカに渡り、奥さんと二人で現在のジムを始めました。AP通信の記事によると、喬の指導方針はスパルタとはほど遠く、ジムでは初心者からジョンソンのようなエリート選手までが楽しく体操を学んでいるといいます。

ジョンソンのコーチとしての実績を買われ、全米代表コーチに抜擢された喬は、オリンピックでもしばしばテレビに映りますが、いつも穏やかな笑顔で選手達を迎えています。彼の力があったからこそ、ジョンソンが自分らしさを保ったまま楽しんで体操をしていられるのは間違いないでしょう。

ボクの好きな「クール・ランニング」という映画の中に、こんなセリフがでてきます。

金メダルは素晴らしいものだ。でも金メダルがなくて十分に感じていないのであれば、たとえ金メダルを獲っても一生十分に感じることはないだろう。

ジョンソンは19日の夜、種目別の平均台で最後の演技に臨みます。平均台はジョンソンが一番好きだと語る種目。第二の父親とまで彼女が語る喬コーチの故郷で、ジョンソンが最後の最後で金メダルを獲る姿をぜひ見たいものです。でもきっと彼女なら、一位だろうが最下位だろうが、とびっきりのスマイルで北京を後にするに違いありません。

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  1. 2008/08/18(月) 22:06:43|
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フェルプス、スピッツを抜く8冠達成

マーク・スピッツの7冠を抜いたことでオリンピック前半の話題をさらったマイケル・フェルプス。8つの決勝全てに勝つには、才能、たゆみない努力、ミスをしない精神力などに加え、運を引き寄せる力も必要なのだと感じました。

最も困難だと言われた4x100メートル自由形リレーでは、チームメイト助けを借りてまさかの逆転劇。そして一昨日の100メートルバタフライでは、わずか0.01秒差でセルビアのカビッチを破っての勝利。いつものことながら、フェルプスの極端に遅いスタートに、50メートルターンの時点では誰もが無理だと思ったはずです。それでも真骨頂とも言える猛追撃を見せ、最後のひとかきで優勝。わずか数ミリの差でしたが、公式時計担当オメガ社の測定器2台が同じ結果を表し、連続静止画像も確認された結果、フェルプスの優勝が決まりました。

フィニッシュの瞬間をとらえた連続写真

ただ一つ残念に思うのが、オメガがフェルプスのスポンサーであるという事実。今回の競技結果に異議を唱えるつもりはありませんが、特定の競技者を支援している企業が結果に影響を与える立場にいるというのは、公明正大なシステムだとは言えません。商業主義によって成り立つ現代のオリンピックだからこそ、スポーツの根底に関わる部分においては、誰もが平等だと思える環境を整えてもらいたいものです。

テーマ:北京五輪 - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/08/18(月) 06:40:06|
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TomoyaS

Author:TomoyaS
アメリカ生まれ、日本育ちです。日本の大学を卒業した後、アメリカの大学院でスポーツ学の修士号をとりました。今はアメリカの新聞社でスポーツ記者として働いています。

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