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日米筆記文化比較

文字を書くという、小学生の頃からずっと続けている作業。体に染みつき、大人になった今でも当たり前にこなしてることですが、そこにはアメリカ日本で思わぬ違いがあります。

ボクが大学生で初めて留学した時のこと。授業を受けていて、ふと周りを見渡してみると、ノートをとる生徒達が、みんなペンを使っていました。小学校の時から、鉛筆やシャーペン、そして消しゴムを使ってノートを取ることに慣れているボクにとっては、ちょっとした驚きでした。

その時は、「ペンなんかで書いてたら、間違った時に消せないじゃん」なんてことを考えました。ノートはきれいにとるべきという考えが染みついていたからです。小学校や中学校では、先生にノートを提出して、その丁寧さで成績がつくということも。それに比べてアメリカ人は、男女問わず、とてもきれいとは言えない字で、ひたすらノートに書きなぐります。

しかし、よく考えてみると、アメリカ式は非常に合理的です。大学やビジネスの場になれば、先生や話し手がきれいに板書してくれるなどということはありません。相手の話すことを、ポイントを抑えて素早くメモしていかなくてはならない。そんな時に、丁寧な字で書いて、間違ったら消しゴムで消すなどという作業をしていては、とてもついていけません。

アメリカにはあまり質の高い消しゴムが売っていない。というよりも、消しゴムは鉛筆の先についているものを使う人がほとんどで、消しゴム単体となると、美術用のものになってしまいます。これにも最初はとまどい、日本に帰国した際に、消しゴムを大量に購入していました。

ただ最近になって、鉛筆についている消しゴムを使うことで、ちょっとした時間の節約になることに気付きました。いちいち鉛筆と消しゴムを持ち替えていては確かに面倒です。きれいに消すことよりも、スピードを重視するアメリカ人の考えが見えてきます。

日本では物事を丁寧にきっちりとこなすことが、効率的だとされますが、アメリカでは見た目だけの美しさを排除することが効率性です。些細な筆記文化を眺めることで、日米の「効率」というものの考えが見えてきます。
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theme : アメリカ合衆国
genre : 海外情報

tag : アメリカ 日本 日米 文化 筆記 鉛筆 ペン 効率

お風呂で創造

ボクにとって、記事の執筆で一番大変な段階が、記事を書き始めようとする時。

取材で情報を集めるまでは比較的スムーズにいくのですが、それを一つのストーリーとしてまとめあげるのが難しい。集めた情報を、あれもこれも詰め込みたいとなってしまうと、焦点がぶれてしまいます。

構想を練ろうと、取材メモを目の前にして机に座って考えてみるのですが、ほとんどの場合うまくいきません。一時間経っても、一切筆が進まないということもあります。最初の一文を書くことができれば、後はびっくりするくらいスムーズにいくものです。でも、その最初の「ひらめき」を得るのが難しい。

そんな時、ボクは大抵作業を中断し、気分転換をします。外にジョギングに出たり、他の仕事をしてみたり。面白いもので、そうやって全く別のことをしている時に、「ひらめき」というのはやってきます。

さっきも、そんな経験をしました。あるサッカー選手の特集記事を書いていたのですが、彼の人物像をどんな風に読者に伝えたらいいのか、なかなかその視点が見つかりません。考えれば考えるほどドツボにはまっていき、取材した内容で頭の中がパンクしそうになる。これもいい、あれもいいなどと、雑念ばかりで焦点が全くしぼれずにいました。

これではだめだと、気分転換でジョギングに出たのですが、日々の運動不足がたたり、わずか一キロでダウン。苦しさで「ひらめき」どころではありません。ダッシュも混ぜたため、息からがらに何とか部屋までたどり着きました。

そして、疲れで何も考えずにシャワーを浴びていた時、その瞬間はやってきました。ふと頭の中の真っ白な画面に、自然と文章が打ち込まれていくのです。あのサッカー選手についてです。これまで全く整理できていなかった内容が、面白いように文章となって綴られていく。

思わずボクはシャワーを中断し、洗面器の上においてあったメモ帳に、その内容を無我夢中で書き取りました。こういう場合に備えて、枕元とトイレには、ポストイットやメモ帳を常備しています。結局一番難しい最初の数段落を書き終えることができました。

「ひらめき」というのは、サプライズでやってくるもの。それを生かせるか生かせないかが、できる人とそうでない人を分けるのではないか、最近そう感じるようになりました。ボクにとって、「ひらめき」は運転中、トイレ、シャワー、散歩やジョギング中にやってくることが多い。だから、そうした場面では、必ずペンとメモ帳を携帯するようにしています。

theme : モノの見方、考え方。
genre : 心と身体

tag : ひらめき メモ トイレ 風呂 シャワー

三月と言えば

アメリカで最も人々を熱狂させるスポーツイベントは何か。

一日だけのイベントというのであれば、NFL決勝戦のスーパーボウルかもしれません。しかし、毎年この時期行われているNCAA men's basketball tournament(全米大学男子バスケットボール選手権)は、March Madness(三月の狂乱)というニックネームがつけられるほどで、およそ二十日間に渡って全米中を熱気に包みます。

その盛り上がりは、野球のワールド・シリーズやNBAのプレイオフが及ぶところではなく、大学側はこのトーナメントのおかげで、一年間に600億円以上もの放映権料を手にします。

大会は、全米各地から選び抜かれた65の大学がぶつかり合い、優勝を決めます。一回負けたら終わりのトーナメント形式であることから、毎年様々なドラマが生まれます。以前も書いたように、アメリカ人は地元意識が強く、また大学進学率も約65パーセントと非常に高いため、ほとんどの人がひいきのチームを持っています。

そうした事情が絡み合って、March Madnessはギャンブルとしても発展してきました。各試合の勝敗はもちろんのこと、どのチームがどこまで進み、どこが優勝するかといったことを予想し、インターネットや友達同士、家族、職場などで競い合います。

会社員たちが仕事中にインターネットやテレビで試合の様子をチェックするため、作業効率が落ちるという社会現象まで起きるほどです。

うちの新聞も、この時期は地元UCLAをはじめとし、紙面が大学バスケットボール一色に。また購読者を対象に、ネット上で予想コンテストを行っています。職場では他の会社と同じく、仲間内で競い合っています(お金をかけているかは言えません。みんなやっているとはいえ、違法ですから。。。)。

ボクの勤めるスポーツ局では、堂々と試合のテレビ中継を流していられるため、結果を気にする他の部署の社員達が、部屋にひっきりなしに出たり入ったり。

ところで、紙のトーナメント表に予想を記入していた時のことです。同僚のアメリカ人が、ボクの記入した予想を見て、これは何だと言ってきました。ボクはてっきり、自分が母校を優勝校に選んだのをからかわれたのだと思ったのですが、聞いてみると、勝者に線を引っ張っていく日本では当たり前の記入方法が、理解できないと言うのです。

考えてみると、確かにアメリカでは勝者に線を引っ張る記入方法を見たことがない。でも、そんなことたいして意識していなかったため、ハッとさせられました。アメリカでは、トーナメント表は主に、勝者の名前を線の上に記入していきます。

結局、一から記入しなおす羽目になりました。こうした細かい部分でも、文化によって違いがあるんで、注意が必要です。

theme : NCAA男子トーナメント
genre : スポーツ

tag : 全米 バスケ March Madness トーナメント アメリカ NCAA Tournament

日本語を話す自分と、英語を話す自分

これまたチャンピオンズ・ツアーでの出来事。

ゴルフの大会は選手によって終了する時間が異なるので、優れた成績を残した選手や特別扱いの選手でない限り、ラウンド終了後に自らコースやロッカールームでつかまえて取材を行うのが普通です。ほとんどの選手は、自分の番が終われば、トーナメントが終了する前に帰宅してしまうので、注意が必要。

ボクは勝利選手以外にも取材する必要があったので、お目当ての選手達の最終ホールやロッカー内で待ちかまえるようにしていました。チャンピオンズ・ツアーは、ファンやメディアとの距離をできるだけなくそうと努力しているだけあって、どんな往年の名選手であれ、非常に丁寧にインタビューに応じてくれました。

偶然にも、焦点を当てて取材をしていた選手の前のグループで、青木功さんがプレイしていたため、自己紹介をしてお話を伺おうと、ラウンド終了後待ちかまえていました。

でも、実は日本語で取材をするのは、これが2度目。普段とは違う言葉でインタビューをすることに、何だか緊張していました。これまでどんな有名選手であれ、英語のインタビューでそんなに緊張したことはありませんでした。

運が悪いことに、青木さんはラウンド終了後のインタビューにあまり慣れていないようで、しかもボクを日本のスポーツ新聞から来たと勘違いした様子で、最初はちょっと距離をおかれてしまいました。何とか、ボクがアメリカの新聞社から来ていることを説明し、その取材内容を伝えると、インタビューに応じてくれることになり、貴重な話を聞くことができました。

にも関わらず、インタビュー中は自分の中で、日本語で行っているということに違和感を感じ、思ったように会話をコントロールできずにいました。インタビューを行う側というのは、自分は完全な聞き手にまわりながらも、その内容をうまく調整しなくてはいけません。それが英語ではある程度身に付いているのですが、日本語では久しぶりのこともあり、ちょっと戸惑ってしまいました。

これは、英語を日本語に直訳すればいいという話ではなく、英語と日本語を話している自分が意識の中で別人であることを物語っているように感じます。これは感覚ですが、僕自身、日本語を話している自分と英語を話している自分を演じ分けているように思う時があります。

例えば、ボクはこれまで英語を勉強する上で、意識的に汚い表現や相手をののしるような表現を、身に付けたり使ったりすることを避けてきました。すると、英語を話している時の自分は、怒りや憎しみといった内に湧く感情を、言葉で説明できないため、自然とそういった感情に鈍感になっているのです。だから、よく英語を話している時は、感情の起伏が穏やかだということに気付きます。

また、日本の文化は、自分を常に卑下するような仕組みになっている。言語にもそれが反映されていて、話しているうちに、相手との間に微妙な段差と距離感を生み出します。

それに比べて英語には、日本の敬語にあたるものは存在せず、どんな相手ともほぼ対等な言葉で話し合うことができる。尊大な態度は許されませんが、常に自分を卑下する必要もない。だから、自然と相手との距離も縮まり、自信が生まれてくるのです。

英語で話している時は、相手の立場や地位を気にせず、フレンドリーに、自信と明るさを持って接することができる自分がいるから不思議なものです。それでも日本人の自分が顔をのぞかせ、アメリカ人に、そんなに遠慮しなくていいのに、と言われることがあるくらいです。

このように、言語をスイッチするだけで、自分の性格までもが変わってしまう。何だか恐ろしいと思う反面、自分の内面が明るみにでてくるようで嬉しさも感じます。新しい言語を学ぶということは、新しい自分を発見する素晴らしい機会と言えるのではないでしょうか。

theme : 英語
genre : 学問・文化・芸術

tag : 英語 日本語 別人 チャンピオンズ 青木功 言語 アメリカ ゴルフ インタビュー 自分

スポーツライターでいられる意味

金曜から日曜にかけて、チャンピオンズツアーという、ゴルフの大会を取材してきました。以前はPGAシニアツアーと呼ばれていたことから分かるように、50歳以上が対象のプロ大会です。ニック・プライス、トム・カイト、青木功さんといった、往年の名選手たちも参加しています。

実はゴルフの取材は初めてで、ちょっと緊張していました。ゴルフそのものに関しても初心者で、基本的なルールと有名な選手を知っている程度です。でも三日間終わるまでには、取材にも慣れ、テレビや本ではとても得られないだけのゴルフ知識が身に付きました。

ちなみに、ゴルフというスポーツは、たくさんの選手が同時に別々の場所でプレイしているため、全員を追うのは不可能です。記者達はコースに出るのではなく、メディアセンターでテレビ画面を見ながら記事を書きます。

その点ボクは一人の選手に焦点を当てて取材をしていたため、少しでも色々なことをつかもうと、外に出て選手やファン達とコースを歩いて回りました。晴天、曇り、強風、雨、雷、ひょうと、あらゆる天気を経験し、更には日焼けで熱が出る羽目になりましたが、それだけの価値はあったと思います。

ところで、二日目にクラブハウスで昼食をとっていた時のこと。隣に座ったロサンゼルス・タイムズの記者が話しかけてきて、お互いのバックグラウンドの話をし始めました。彼は普段はモータースポーツの番記者で、ボクも名前は目にしたことがありました。

2年前まではずっとビジネス担当記者をしていたらしく、モータースポーツに空きが出たため、応募してスポーツに移ってきたとのことです。もう20年もタイムズに勤めるベテラン記者で、ボクのようなひよっこ記者にとっては憧れの存在。その彼がこんなことを言いだしました。

「スポーツライターになれたなんて、夢みたいだよ。」



ボクがどうしてかと訪ねると、

「これまでウォールストリートやシリコンバレーで、大して面白みのない重役さんたちを相手に取材をしてきた。それが今では、自分が大好きなF1やオートバイ、NASCARに四六時中関わっていられるんだ。それって幸せなことじゃないか。」



これまで少しでも大きな仕事をしてみたいと、無我夢中で取材をして記事を書いてきたボクにとって、それは目を覚ましてくれるような言葉でした。

「これまで貴重な休みを使って観戦しに行ってたレースを、毎週最高の位置で見られるばかりか、レーサーと話をすることもできる。お金にはかえられない経験だよ。出張が多くて、ガールフレンドと会いづらいのがネックだけどね(笑)」



ジャーナリストは取材対象から一定の距離をおかなくてはいけない。それを強く意識してきたボクは、自然とスポーツを純粋に楽しむ心、スポーツを職業にすることを決めた時の、ワクワクする気持ちを忘れかけていました。

それでも仕事そのものは楽しんでいました。紙面のデザインから、電話番といったデスクワークから、高校スポーツの取材や記事の執筆まで、記者という仕事の全てがボクにとっては楽しい。職場に向かうのが嫌だと思ったこともほとんどない。だからこそ、あまりスポーツそのものに楽しさを感じられなくなくても、いい記事を書くことや優れた取材を行うことができていれば満足でした。

取材対象が自分の愛するスポーツだということを振り払い、プロフェッショルに振る舞うことばかりを意識していました。だから、自分はスポーツライターではなく、ジャーナリストなんだという意識を常に持っていました。

でも、彼の言葉で、ボクがここまで仕事を楽しんでいられるのは、実は対象がスポーツであるからにほかならないのではないかと気付くようになった。これが地元議会の小さな会合を取材する毎日だったら、果たして続いているだろうか。

よくかっこいいなどと勘違いされるのですが、スポーツはジャーナリズムの間でも、扱いが低いのが普通です。スポーツが文化だと言われるアメリカでさえ、未だにスポーツ記者は、大人になりきれていない人間の就く職業だというステレオタイプがあります(ボクの好きなマイベスト・フレンズ・ウェディングという映画を見れば分かります)。

でも、地位や名誉、お金を手に入れることだけが幸せではない。自分の好きなことを仕事にしていられることこそ、実はすごくラッキーなのだということ、スポーツライターでいられること自体が幸せなのだということを毎日噛みしめていこうと思います。

ベスト・フレンズ・ウェディングベスト・フレンズ・ウェディング
(2007/09/26)
ジュリア・ロバーツ; ダーモット・マルロニー; キャメロン・ディアス

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theme : 楽しく働く
genre : 就職・お仕事

tag : スポーツ 記者 ライター 仕事 幸せ ゴルフ チャンピオンズ・ツアー

やっちまった!

アメリカに住む日本人がよく不平を漏らすのが美容院、もしくは床屋。アジア人と西洋人は髪質が違うだけでなく、ファッション感覚が異なるため、日本人の好みに合う散髪屋を見つけるのは非常に難しいのです。

特にアメリカ人男性は、ほとんど髪形に気を使わないため、床屋に行っても、スポーツ刈りか坊主くらいしかパターンが選べません。日本にいる時も、駅前1000円カットで済ませていたボクにとっては、むしろ気を使わずにすんで楽なのですが、これなら自分一人でもできるのではないかとすら思ってしまいます。

ということで、先日ウォルマートに行き、25ドル(2500円)でバリカンセットを購入。長さ調節のクリップから、ハサミ、ケープまで全て揃っています。この歳になって、完全にボウズというのは嫌なので、素人ながら頭の横と上部で段差をつけるという高度テクを試みようと考えていました。

ところが、髪が散乱しないようにバスルームを密閉し、全裸で鏡と向かい合い、バリカンを走らせたその瞬間、重大なミスに気付くことに。適当だと思ってセットした1センチが短いのなんの。よく見たら、セットできる数字で2番目に短い!

中学生の頃、野球部の連中が、一ミリだ、3ミリだなんて会話を交わしていたから、1センチは大した事ないだろうと安心していたものを、今になって彼らの無鉄砲を思い知ることとなりました。

よく伸びた芝生のど真ん中を、芝刈り機で突っ切ったような後がついてしまったため、後戻りすることもできません(てか、剃っている瞬間は結構快感です)。段差をつけることすら諦め、完全ボウズの道を選ぶことに。終わってみれば、ナイナイの岡村も真っ青のお猿さん姿になっていました。

中学一年の時、ボウズになるのが嫌で諦めた、野球部への入部。それが今ではバカらしく思えるほどの出来栄えです。そうでなくても、アジア人が若く見られがちなアメリカ。16歳だと言っても信じてもらえるでしょう。

それでも、あと2回ほど自分で髪を切れば投資が取り戻せるので、これに懲りず次回も頑張ろうと思います。

theme : ひとりごとのようなもの
genre : 日記

Charlotte's Web

英語を勉強している人におすすめの一冊。

Charlotte's WebCharlotte's Web
(2006/05)
E. B. White

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平穏な農場に暮らす、子ブタとクモの友情を描いた、アメリカ児童文学の傑作と言われる作品です。しかし、その温かさには、子供だけでなく、大人も十分感動できるはず。2006年には、ジュリア・ロバーツやロバート・レッドフォード、ダコタ・ファニングなどの豪華キャストで映画化されました。

なぜこの本が英語の勉強に適しているのか。まず、なんと言っても英語そのものが美しい。

作者のE.B. ホワイトは、英語という言語の素晴らしさを最大限に引き出す文章を書きます。彼が編集、校訂を手がけた The Elements of Style は、英文を書く人にとってのバイブルです。

The Elements of Style (Elements of Style)The Elements of Style (Elements of Style)
(2000/01/15)
William Strunk Jr.、E. B. White 他

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Charlotte's Web では、そのホワイト氏の魅力を存分に味わうことができます。小刻みでテンポのよい文章でありながら、流れるような美しさを持つ。抽象的な単語ではなく、シンプルで力強い動詞がちりばめられていて、動物達の姿や行動が目に浮かんできます。

そもそも子供向けの本というのは、声に出して読んで楽しめるよう、リズムのいいものが多い。その中でも、Charlotte's Webは長編にも関わらず、音読していて楽しくなってきます。英語を勉強する人にとって、これは大事な要素です。

作家たちにお気に入りの作品は何かと聞くと、必ずといっていいほど上位に挙げられるこの作品。日本人で英語を勉強する人も、無理に単語を詰め込んだような文章ではなく、最高品質のものを使ってみてはいかがでしょうか。

theme : 英語
genre : 学問・文化・芸術

tag : シャーロットのおくりもの 英語 勉強 文章 Charlotte's web E.B. white ホワイト

ガイドブックの違い

ボクは新しい土地に行くのが好きです。そこにしかない空気、雰囲気というものに浸れる楽しさがある。

でも、観光名所というものにはあまり興味がありません。どんなに名所と呼ばれるところであっても、ボクにとってそれが雰囲気の一部になっていなければ意味がない。逆に名所とは言われないような場所でも、そこが独特の空気を醸し出していれば、ボクにとってのお気に入りスポットになります。

京王線沿いにある無名の駅で降りて、住宅街を歩く。アメリカの高速道路でふと気になった出口を降りて、メイン通りをゆっくりとドライブ。田舎の客が一人か二人くらいしか入っていないような小さな食堂で、ご主人とたわいもない会話を交わす。

こうした何気ない経験の積み重ねがボクにとっての旅行です。だから、そのニーズにあった旅行本を見つけるのは簡単ではありません。地図だけを持って出かけるということもしょっちゅうです。

面白いことに、日本とアメリカでは一般的な旅行書に大きな違いがあります。日本のガイドブックは、どれも写真や図がふんだんに盛り込まれていて、眺めているだけで楽しめる。ウォーキングマップや公共交通案内といった付録はそれだけで重宝します。もちろん日本人の買い物好きに合わせて、ショッピング情報も充実。

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それに比べて、アメリカのガイドブックには文字がずらっと並ぶものがたくさんあります。写真は申し訳程度に載っているだけ。親切な付録など一切ついていません。実際にその場所に行くまでは、どんな所なのか予想がつかない。ある意味ギャンブルです。更に、ボリュームがすごい。700ページなんてざらで、まるで辞書。それだけで旅行の大きな荷物です。

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それでもボクにはお気に入りの英語ガイドブックがあります。

ロンリープラネット(lonely planet)

バックパッカーなら一度は聞いたことがあるであろう、この名前。アメリカやヨーロッパで、熱烈な支持を集めるガイドブックです。

その魅力は何といっても、圧倒的な情報量。歴史や文化の説明がとても詳しく、読み物としても十分楽しめます。ボクは旅をしていて、気になる場所に遭遇した時、ロンリープラネットを開いて、文化背景を調べるようにしています。

更に、ロンリープラネットは広告料を一切受け取りません。その内容は、現地に住むプロの旅行記者達が、自分たちの知識と経験をもとに書いています。だから、観光客が群がり、現地人なら絶対行かないような安っぽいスポットは、容赦なく切り捨てることも。

おいしくもないレストランを、ただ有名だからとか、広告を出してもらっているから載せるようなこともしません。現地に赴かず、電話だけの取材やインターネット、他のガイドブックを参照して書いたような旅行書とは信頼性が違います。

確かに厚みはありますが、ロンリープラネットを持って歩くだけで、旅に対する知識も何倍にも膨れ上がります。写真はほとんどついていませんが、その分自分の感覚を研ぎ澄まし、感動出来た時の感覚は、決して忘れることはないはずです。

ロンリープラネットの自由旅行ガイド カリフォルニア (ロンリープラネットの自由旅行ガイド (A-03))ロンリープラネットの自由旅行ガイド カリフォルニア (ロンリープラネットの自由旅行ガイド (A-03))
(2003/07)
アンドレア シュルテ‐ピーバーズ、マリサ ゲーリッヒ‐バーギン 他

商品詳細を見る

theme : アメリカ
genre : 旅行

tag : アメリカ 日本 ガイドブック 旅行 ロンリープラネット

アメリカ人のローカル意識

以前、プロ野球の経営改革が叫ばれていた時、日本でも地域に根ざしたチーム作りをしなくてはならないという意見をよく耳にしました。チーム名に企業名ではなく、地域の名前を入れるべきだの、東京から地方にチームを移転すべきだのといった議論が盛んでした。

確かに、アメリカでは地元フランチャイズとして確立しているチームがたくさんあります。プロスポーツのみならず、学校の部活動まで、地域で一体となって応援している様子が伝わってきます。

ロサンゼルスであれば、ほとんどの人がレイカーズドジャース、それかエンジェルスのファンです。ロサンゼルスタイムズを含め、地元新聞のスポーツ欄は、それらのチームが毎日表紙を飾ります。熱狂的なメジャーリーグファンでない限り、他のチームで何が起こっているかなど気にする人はいません。人口の大半を占めるにわかファンは、地元チームさえ活躍して盛り上がればいいのです。

ボクが通っていたテネシー大学は、地元ノックスビルはもちろんのこと、テネシー州全域にファンがいて、地元民の心をつないでいます。フットボールやバスケットボールのシーズンになると、子供からお年寄りまで、チームカラーのオレンジTシャツを着た人で街中があふれ返ります。

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(おじいちゃんと一緒にオレンジ色服を着て、テネシー大学のフットボールを応援する子供)

更には高校スポーツにまでその影響は浸透しています。ボクの住んでいるヴィクタービルはロスから少し距離があるため、人々にとって身近なスポーツチームといえば、高校とマヴェリックスというシングルA(メジャーの4軍)マイナーリーグ球団くらいしかありません。うちの新聞でも高校スポーツが主な取材対象です。

街中では、どこの学校のフットボールチームが強いだの、バスケットボールでは今年どこどこの高校が優勝しただのという話題があちこちで聞かれ、高校のロゴ入り洋服を着た人々をよく見かけます。

こうした現象は各チームやリーグの経営だけで実現し得たものではありません。むしろそんなこと不可能でしょう。これはあくまでアメリカ人の地域に根ざした生活習慣があるからこその文化だと言えます。

アメリカには、一生を一つの州からほとんど出ずに終えるという人がたくさんいます。小さな街で生まれ、小学校から高校まで地元の学校に通い、就職もその地域でというのは当たり前の話です。大学に進学する場合も、地元の短大や州立大学を目指す人がほとんどです。

ボクがテネシー大学にいた時、テネシーから出たことがなかったり、旅行でもすぐ周りの州にしか行った事のない学生がたくさんいました。みんなテネシーという場所に誇りを持っています。

日本では何もかもが東京に集中しているため、大学や就職となると、地方(この呼び名自体に中央集権が表れている)の学生は皆一斉に東京や大阪に出てこようとします。あえて地元で大学に通ったり、就職しようとする人はまれな存在でしょう。こうした状況で、スポーツチームが地域に根ざそうとするのは楽ではありません。

日本ではスポーツチームがローカル意識を生むのに対し、アメリカではローカル意識がスポーツチームを生んでいると言うのが正しい見方なのかもしれません。

先日、郵便局に行ったら、80歳くらいのおばあちゃんが、マヴェリックスの帽子を被っていたのを見かけました。日本ではジャイアンツの帽子を被って歩いている人さえまれだと言うのに。まさにアメリカ人の地元密着型生活を映し出す光景です。

theme : プロ野球
genre : スポーツ

tag : アメリカ ローカル 地域密着 フランチャイズ スポーツ プロ野球 大学 高校 マイナーリーグ 経営

ペット大国アメリカ

わが家には、ボクが小学生の頃から一緒に育った犬がいます。

DSCF1714.jpg


彼と一緒にいるだけで心が和み、寂しい気持ちが紛れるから不思議です。思春期という微妙な時期に彼からもらった温かさは、今でもボクの心の中にしっかりと息づいています。失恋や受験、祖父の死など、彼に助けてもらった場面は数知れません。人間の女の子が大好きで、見ると一目散に飛んでいって甘えるところなど、飼い主にそっくりです。

その愛犬も今ではすっかり老犬となってしまいました。人間の数倍のスピードで歳を取る犬をペットとすることは、生きるということを疑似体験することでもあります。残念なのは、アメリカにいることで、もしかしたら彼の終わりに立ち会えないかもしれないこと。愛犬の死に直面するのはつらいことですが、責任と愛情を持ってその最期を見届けてあげたい気持ちでいっぱいです。

ところでアメリカに暮らしていて気付くことがあります。それはアパートの中でも人々が平気で動物を飼っているということ。ボクのアパートでも、敷地内を犬と散歩している人を常に見かけます。ベランダを見上げると、犬がこっちを見下ろしているという光景も見慣れました。

日本ではペットオッケーのマンションやアパートを見つけるのが大変ですが、アメリカではちょっと家賃に上乗せすれば大丈夫というところがたくさんあります。日本で一軒家からマンションに引っ越すことになり、家族の一員である犬を手放すことになったという話をよく耳にするのは悲しいことです。アメリカの犬猫飼育世帯率は60パーセントと、日本の30パーセントを大きく上回っているのにも納得することができます。

また、個人的な印象として、ペットが日本よりもずっと訓練されている。日本では一匹の犬が吠え出すと、近所の犬が刺激されて吠え出し、数分後には犬の大合唱になってしまうことがよくあります。それをアメリカに来て、ほとんど聞かなくなりました。

それと、日本で散歩している犬同士が遭遇すると、そこはもう修羅場です。吠えて威嚇しあうだけでなく、お互い向かっていこうとする犬を引き離すだけで飼い主は大変。まさに人間と犬の綱引きです。これもアメリカではあまり見かけません。

これにはしつけを専門とするドッグトレーナーの充実が影響しているのではないかと思います。日本ではペットのしつけは自分でするのが普通ですが、経験したものからすると、これが非常に難しい。しつけが十分でないまま成犬になってしまうと、飼い主には手がつけられなくなり、その結果愛情が薄れ、一家のお荷物になってしまうことすら考えられます。一時期愛犬をドッグトレーナーにあずけることで、飼い主と犬の両方が嫌な思いをしないですむのです。

また、アメリカでちょっとした広場や公園に行くとよく設置されているのが、犬のフンを入れる袋。

DSCF6333.jpg


日本では、犬のフンをちゃんと処理しましょうだのという看板がたてかけられていますが、こういうものを設置したほうがずっと効果的です。ボクも恥ずかしいことながら、散歩に袋を持っていくことを忘れ、仕方なく公園に埋めて隠したという経験があります。

そして何よりも驚き、感激したのが、ペットを手に入れる方法。日本では犬はペットショップで購入するのが普通で、アメリカでもそうなのだと思い込んでいました。でも、アメリカのペットショップに行っても、そこで狭いカゴに商品のように押し込まれ、ぐったりした姿の犬を見かけることはほとんどありません。犬を飼っている友達に、どこで犬を購入したかと聞くと、みな口をそろえてシェルターからもらってきたと言います。

シェルターは日本の保健所のようなもので、行き場を失ったり、捨てられたりした動物が保護される場所。保護といってもずっとそこで暮らせる訳ではなく、ある一定期間収容された犬は処分されてしまいます。

アメリカではそうした不幸な動物を助けようと、ペットショップで犬や猫を販売することをやめ、シェルターの動物を引き取ろうという動きが広がっています。また、ペットの不妊手術を徹底することで、臨まれないで生まれてくる子供を減らそうという努力をしている地域がたくさんあるそうです。

これらはもちろん、アメリカで虐待や捨て犬が増えすぎたという現実があってのことです。ただ、この国にはそれを見過ごさない人々がいて、実際に社会のシステムを変えてしまうエネルギーがあります。動物との接し方で人柄が分かるとよく言いますが、日本のペット事情を見ていると、どうにも悲しくなってしまいます。

theme : アメリカ合衆国
genre : 海外情報

tag : アメリカ ペット シェルター 捨て犬 アパート ドッグトレーナー

日本語学習

これまでどんなに英語が上手になろうと、自分の母語は日本語だと感じていました。

無意識に頭の中で考えたり、心から沸き上がってくる感情を説明したりするのは日本語、英語はあくまで勉強して身につけるものという位置づけでした。しかし、毎日アメリカ人に囲まれた職場で働き、英語で書いたり読んだりしていることで、境界線が曖昧になってきました。

それを強く実感するのが、電話で話している時、そして文章を書いている時。

電話だと、身振り手振りや顔の表情、場の雰囲気を伝えることができない。言語だけが頼りです。会っている時は何となくでやりすごせる意志疎通が、電話越しだと最近もどかしく感じます。日本語で会話をしていると、頭の中で言葉を探している自分にはっきりと気付くのです。英語を日本語に翻訳していることすらあります。

またこれまでなら、日本語で文章を書いている時、比較的スムーズに言葉が出てきていました。一文を流れるようにしてタイプできていた。それが今は文の途中で手が止まり、考えては消して、また書くということが増えてきました。パッと文が浮かんできていたのが、今はそれを頑張って頭の中で作っているという感覚。

ボクが通っていた高校は、帰国子女が3分の2を占めていたため、友達同士の会話に日本語と英語が入り交じっていました。一つの文の中に英語と日本語の単語を混ぜて使う、「ちゃんぽん」という話し方をする学生もいました。

当時は単に英語力を見せつけようとしているのだと思い、面白半分でボクも真似しようとしていましたが、今なら彼女らの気持ちが分かります。

これまでの癖というか習慣で、意識して学ぶのは英語だけでした。読書も95パーセントくらいは英語。日本語はすぐに取り戻せるし、英語が完璧になるのならと思っていました。でもこう長くアメリカで暮らしていては、それも変えないとまずい。

そろそろ日本語を「勉強」する時期が来たということでしょうか。

theme : 日本語を学ぼう
genre : 学校・教育

tag : アメリカ 英語 電話 言語 語学 日本語 文章 ちゃんぽん 勉強 帰国子女

プロフィール

TomoyaS

Author:TomoyaS
アメリカ生まれ、日本育ち。日本で大学を卒業した後、アメリカの大学院でスポーツ学の修士課程を修了。現在はカリフォルニアの新聞社でスポーツライターとして活動中。

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